"ふつう"が一番むずかしい

ラクしていきたい。

10年分の後悔。まさか私がモラハラ被害者だなんて。

こんばんは、やみ〜です。
突然ですが、私のブログネーム(?)は「人生やみー(yummy83)」なんですが、人生闇と人生ウマー(おいしい)を掛け合わせた名前だったりします。

ここのところずーっと落ち込んでいたんですが、総括すると10歳くらい若がえりたいというどーしよーもない後悔が原因なのかも……と気づきました。なにせ10年弱不幸せな暮らしをしてしまったので、その時間を取り戻したくてたまらないんだなぁ。

やった後悔よりやらない後悔のほうが引きずるって本当だった

「実は離婚したんですよ」と軽く話せるようになって、どんなことがあったのか話してみると「想像してたよりヤバかった」的な反応を受けることが多くて、なんで私、モラハラに気づかなかったんだろうと疑問でいっぱい。

あの頃離婚していたら、まだ30代前半だったのになぁって。「仕事が安定してから」なんて考えず、速攻離婚に踏み出せたら37位だったなあ〜とか、とにかくすぎた時代のことを考えちゃうんですよね。

ゆでガエルは気付けない

何度もキッカケになってしかるべき出来事があって、都度にTwitterにぶちまけて「それ、モラハラじゃないですか?」と指摘をうけたり「離れた方がいいよ」と言われたりしてきたのに、なんで私は離婚しなかったのかなぁといえば、元夫はクレイジーなキレ方をするけど、普段は優しい人で、私より頭も良くて育ちも良く真っ当な人だから「俺が正しい」と言われれば「私が間違ってるのかな?」と思い、暴言を吐かれようとも「私にも悪いところがあるし」「というか、私が至らないから……」と、本気で思っていたからです。

そんな私が、唯一「絶対に私が正しい!!」と思った出来事が、まだ3歳やそこらの娘のことを「しつけるために叩け」という指示に逆らったことでした。
当初はまだ、体罰はいけないことだという法律がなかったころでしたが、私は怒らない育児を心がけたかったほうで、どうしても納得いきませんでした。

令和元(2019)年6月に成立した児童福祉法等の改正法において、体罰が許されないものであることが法定化される

というニュースを小耳に挟んだ頃から、何度も記事をおくったりしましたが「くだらない、お前の価値観の話なんて聞きたくない。俺の言うことに従ってから話せ」と言われ続けて、いったい何が正しいのかよくわからなくなっていました。

コロナ禍による転機

コロナ禍に突入して、もろもろ激化した令和2(2020)年。
学校は休校、互いにリモートワークで全員が家にいることになりました。

言い争いから家を出て行けと言われ、泣きながらとぼとぼと夜道を歩いていたら「妻が失踪した」と警察に通報され、「帰ってこないなら会社にも連絡する」と脅迫されたという出来事がありました。

「失踪してないから!」と連絡しようとしても全て無視。
娘に電話して繋いでもらおうとしても無視。
娘曰く、警察官が家に来て、元夫が怒られたらしいです。
このとき、さすがに、信頼関係が崩れたと思いました。

警察から聞き取りの電話が来たときに、泣きながら経緯を話したのですが、しかるべき機関に相談してみてはと言われたことを覚えています。

令和2年、法律が変わった

4月1日から子どもへの体罰が法律で禁止されました。
にもかかわらず、元夫は自信満々に5日連続で手を挙げました。
私は正直「こんなことで電話かけていいのかな」「虐待といっていいのかな」と不安でしたが、勇気を出して「これこれこういうことがあるんですが、虐待なのか確信できなくて」と児童相談所に電話をかけました。

そこから児童相談所からの関わりがはじまったのですが、元夫ときたら、児童相談所との面談にも一度も顔を出さず、自宅にいると聞いた日に設定したらドタキャンし、対面ではなくメールかFAXでやり取りしたいと言うので、担当者さんと調整するも、そちらも反故にするのです。

関係性をよくする気のなさ。
何度も約束を反故にするスタイル。
相変わらずのコミュニケーションの取れなさから、もう無理だと思いました。

そんなこんなでやっと離婚話が進み、「当初はローンを組めるなら住んでいた家をくれる」という話になっていたので、煩雑な手続きを乗り越えてローンの審査に挑みまして……通ったときは本当に大喜びでした!
あとは公正証書を作って金融機関に送るだけ。
というところで、のらりくらりとかわされ先延ばしに。
結局、提出期限をすぎてしまい、ローンは締結できませんでした。

この手のゴールポスト逸らしを、いままでも何度も何度も繰り返してきたのですが、最後の最後まで?!!(ちなみに離婚調停でも特技のゴールポスト逸らしを発揮してくださってました)
完全に信頼関係が壊れたと感じました。
私の中で「嘘」に対する抵抗感や「人を信じて裏切られ続けたことによる無力感」がしっかりと刻まれた瞬間だったと思います。これ以上傷つきたくなくて、嘘にはいまでも敏感です。

児童相談所の面談については、元夫に何度お願いしても、面談に臨む気はないようでした。
「お母さんはどうやってお子さんの安全を守るおつもりですか?」
「方針を示せないなら、関わることをやめられません」
「虐待を受けたお子さんにはこういう問題が起きる」
「別居してください」
などと畳み掛けられ、会社での出来事も重なって(今思えばあのときも抑うつ状態か適応障害になっていたんだと思いますが)児童相談所からの電話に折り返す気力すらなくなっていました。

無気力になってしまった期間は共存を心がけながらも「離婚したい。離婚できないなら、婚姻生活を続けている意味がほしい。娘は環境に流されやすいから中学受験しよう」だなんて、よくわからない方向に思考が巡っていました。

パラダイムシフト

勝手に家を出ていくなんて許さない!
俺の親に話を通せ!
などと諸々脅されながらも、コントロールされていたのか、なんとか共存しようと頑張ってしまったのですが、結局限界がやってきました。

ある日、激ギレした元夫が自ら児童相談所に電話をかけて「娘を叩いた」と言ったのに、往訪してきた児童相談所の方々を追い返し、さらに児童相談所に電話して私の悪口を伝えたりしたようです。そこで、違和感を覚えたのかもしれません。

個別で児童相談所から面談について連絡があり、なんと、DV相談員さんが。

相談員さんとお話ししたときに「それはDVです」「どんなに至らないことがあっても、家事が苦手でも、暴言を吐いたり、人格を否定していいわけはない」と言われたとき、「わたしってDV被害者だったの?」とビックリし、形容し難い感情を抱いたことが忘れられません。

後日、人権センターにいくと、もろもろヒアリングされたあと、逃げ出す方法を教えてくださいました。
相談員さんに法テラスや母子施設のご紹介いただいたいて、あれ、これ私所得制限かかるから対象外なんだなあと気づいて周りを見ると、就労支援の講座や職業訓練などのパンフレットがおいてありました。
あっ、ここって「社会的弱者の女性」(生活力がなくて逃げられない方)が使う機関なんだと気づいて、本当にビックリしました。

わたしは金銭的に逃げられない理由があるわけでもないのに、精神的に縛られていて逃げられなかったんです。
もう、なにも決断できなかったし、判断できなかった。

前述の通り、元夫の借りていたローンの借り換え審査に通る程度は収入がありました。同年代の男性並みの収入があったのに自己肯定感が低すぎて、自分は一人では生きられないと思い込んでいたんですよね。

外部機関の介入がなかったら、今でも別居できていなかったと思います。
決定打となった警察沙汰になった出来事があったのですが、児童相談所の相談員さんから「かなり緊張感の高い状況なので、なにかあったら110番してください」と言われていなかったら、通報しなかったと思います。
「こんなことで相談してもいいのかな」と思ってしまうタイプなので、お墨付きがなかったら連絡なんてできなかった。
通報したことで、別居について後押ししてもらい、弁護士さんを紹介してもらって流れに乗ることができたわけで、周囲の力がなかったら、今でも100%離婚できていなかったと思います。
意志薄弱なので、元夫に自信満々に言い切られたら「やっぱり私が間違ってたんだ」とあっという間に別居する意志も離婚する意志も挫けていたはずです。

おわりに:ほんとに長かった

客観的にみると、かなりおかしな状況になっていて、思い出せば思い出すほど、なんで離婚しなかったんだろう? と疑問に思います。

そして、元はいまだになぜ、私と娘が逃げ出して、離婚しないといけなかったのか、わかっていないそうです。
元は、しょっちゅう自分が正しいのだから従うようにと言っていました。
自分が正しいからこそ、過失はないと考えているんでしょう。

離婚しても尚、心の傷は残っているし、変なタイミングで悪影響を与えてくるので、ほんとにね? 私ってば10年間なにしてたのかなぁ。どうして自分を守れなかったのかなぁ。「あぁ、10年前に離婚してたらなぁ」と思うのでした。
・ ・ ・
私は忍耐強さには定評があり、よく、どこまで我慢したらいいのかわからなくなります。背負いすぎて潰れそうになることも多いです。

いまもシンドイけど、この程度でメンタルクリニックに行っていいのかな? と我慢してしまいます。
行ってなんでもなかったらそれでいいんですよね。
「こういう思考が自分を潰すんだ」と気付けたんだから、失われた10年にも意味があったとは思います。

とはいえ、あぁ、あと10年早く離婚していたら、こんなにダメージを喰らっていなかったのかも。
こんなにメンタル削られてなかったのかも。幸せを感じてチャレンジする力がまだ残っていたのかも。と、思うのでした。

そして、仕事だけはしていてよかったなと思います。
仕事で認められたり、人と交流できたからこそ、ギリギリのラインでなんとか自分のことを保てていたんだと思います。

前職を辞めたときは、家にはモラハラ、会社にはパワハラで限界を迎えたわけですが😇、パワハラモンスターが最終的に部署を潰し、全員辞めてしまったので、いまでも仲良しです。痛みを分かち合える人たちがいてよかったと思います。
人に恵まれました。

今、モラハラにあっている人がいたらお伝えしたいのですが「少しでもおかしいと思ったら、判断力が鈍る前に逃げて」ということです。DVは狭い人間関係の中で起こるため、もし異常な関係だったとしても、気づくことができません。そのうち、茹でガエルになって、逃げる力すら失ってしまいます。

お子さんがいて、シングルマザーになることは不安ですよね。
でも、自己肯定感が下がってしまった方が後の人生に影響があると思います。
ずっとずっと不幸の影が尾を引いてしまうと思います。

私はいまだに不安です。収入的にはそこそこあるのに不安です。
おかしいですよね。なにが不安なのかって「自分が信じられない」んだと思います。
自己肯定感が低すぎて、自信がないの。

だから、早く逃げてくださいね。

モラハラ被害者の心理としてはこの記事の通りだと思います

▼私自身正直、被害者になる気質は持ち合わせておりましたが、結婚したら幸せな暮らしが続くんだと思っていました。ドーパミンが出ていただけだったのかも。